救いは一体どこにある?『無垢の祈り』は怒りをも通り越した悲しみの暴力映画である

正月早々、嫌な映画を見た。

いつもならば「嫌な映画見た」の一言で済ませて、好きなホラー映画とかを見て気を紛らわせるのだけれど、なぜかできなかった。なんだったら何を見ても何をしていても脳裏にちらつく。とにかく頭から離れないのだ。

それが平山夢明原作、亀井亨監督の映画『無垢の祈り』だった。

<あらすじ>

学校で陰湿ないじめを受ける10歳の少女フミ。家に帰っても、日常化した義父の虐待が日を追うごとに酷くなり安息の時間もない。母親は、夫の暴力から精神の逃げ場をつくるべく、新興宗教にいっそうのめり込んでいく。誰も助けてくれない。

――フミは永遠に続く絶望の中で生きている。

そんなある日、自分の住む町の界隈で起こる連続殺人事件を知ったフミは、殺害現場を巡る小さな旅を始める。そしてフミは「ある人」に向けて、メッセージを残した――。

(『無垢の祈り』公式サイトよりhttp://innocentprayer.s2.weblife.me/index.html

 

◆想像しなければわからない世界

この作品の特徴は、なんといっても必要最低限の表現で済ませていることと言っていいだろう。R18とはいえ、残酷な描写や性描写があるとは正直言えない。それなのにこの作品は重苦しく吐き気を催すほどの暴力と閉塞感に満ち溢れている。なぜか。

私たち観客の想像力だ。

少女フミは義父から虐待を受けているが直接的な描写があるわけではなく、「あ、虐待を受けてるな」と匂わせる描写が随所に見られる。

例えば、食事のシーンで義父がフミに向かって「一緒に風呂に入ろう」、「5分で食えよ」と言うシーンがある。義父はニコニコ笑っているが、フミの顔は暗い。よく見ると体にアザがある。そこには有無を言わさぬ雰囲気が漂い、見ている私たちは断ったり約束を破ったりなどしたらひどい目に遭わされることが想像できる。

これはBBゴローの演技の賜物である。そして私たちの想像力によって作品は重みを増し、物語の奥行きを膨らませていくのだ。

▲お茶目そうな人なのに……映画ではガチでやばい人なんだぜ!

話は若干逸れるがあの『悪魔のいけにえ』だってチェーンソーで人をバラバラにするシーンなんてものは存在せず、編集のなせる技によって私たちはレザーフェイスを凶悪な殺人鬼と見なすのだ。ここでもやっぱり想像力を働かせているのである。

映画にしろ、小説にしろ、物語に触れる時、人は必ず登場人物に寄り添う。そして想像する。私はこの作品は決して好きではない。なんだったら二度と見たくない。それでも私の心をつかんで離さないのは想像できる余白があるからで、時間が経った今でも作品についてあれこれ考える自分がいる。決して、考える作品が絶対いい! というわけではないが、たくさんの思考を巡らせて自分なりの解釈ができる作品の多くは、いつまでも自分の心に残るんじゃないかと思う。

想像力を働かせて見るという意味で『無垢の祈り』はかなりの良作なのだ。

▲BBゴローもすごいが福田美姫ちゃんの演技も素晴らしい!将来が楽しみな女の子だ!

 

◆表現はどこから生まれる?

以前、私は芝居をやっていて、お話を書くということをやっていたのだけれど、ふとこの映画を見て「表現ってなんだろう」と思い返した。

“楽しい”とか“恋っていいな”みたいな楽しいことを思って表現することは少ない(と思う、というか私自身はそう)。むしろ“悲しい”とか“認めて欲しい”というある種の怒りを持って形にすることの方が多いのではないか。

負の感情をプラスに変えたり、負の感情を肯定してそのまま負の感情のまま出したりと表現スタイルは様々だ。

表現スタイルは作家や監督の人間性がわかるので、「この人何考えて作ったのかな」とか思いながら見ると大いに作品解釈の手助けになったりする。

余談だけれど、作家性(思い入れ)がわからない作品は玉澤はすごく苦手だったりする。お話とテクニック重視のものは、瞬間的に面白いけれど余韻が残りにくいので。それよりかはキャラクターに重きを置いて「俺はこれをやりたいんじゃ!」みたいなものを作ってくれた方が個人的には好き。マッドマックスとかね。

そういう意味でこの作品は怒りを持って表現されていると思う。ただ、フミの凄まじい人生(物語)のせいか怒りを通り越して悲しみへと変わった不思議な作品ではあるが。

見終わった後はしばらく席を立てないだろう。いないと思うけど、間違ってもカップルや友人とは見ないほうがいい。死ぬぞ。

様々なタイプの作品と出会えることは人生を豊かにする。表現is楽しい。

 

◆救いはどこにあるのか?

私たちは物語を見るとき、何を求めているだろうか。癒しや笑いなど多種多様にある中で、少なくとも私自身は救いを求めていると思う。

現実世界で嫌なことが多かったりすると「せめて物語の中では……」と考えたことはないだろうか。わざわざ自分の心を乱しに行く人はそうそういないだろう。

何を持って救いとするかは人それぞれである。個人的に思うのが、例外はあるものも、“死なないで生きる”ということが救いに繋がっている気がしている。

では『無垢の祈り』では救いがあるのか。直接的には描かれておらず、見た人の想像力に委ねられている。私は泣いた。どういった涙だったのかはぜひスクリーンで確かめてほしい。

おそらくソフト化されることはないだろう今作。決して誰にでもオススメできるわけではないが、表現を志す者であれば“表現の衝動”を感じることができるはずなので見る価値はあるだろう。そして自分の今ある幸せを噛み締めればいい。世界は幸福だけでできているわけではないのだから。

現在、京都みなみ会館ほかで絶賛上映中!

『無垢の祈り』公式サイト

http://innocentprayer.s2.weblife.me

 

by 玉澤千歩

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