依存症って治るの?ゆるくてリアルなアル中治療記『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』

ガッチャンガッチャン。2重にドアが閉められて、安行の入院生活は始まった。

病棟内の患者たちは、点滴もせず歩き回っていて、一見すると健康そうだ。
しかし彼らはみんな、安行と同じ『病気』を患っている。

学校寮のようなその場所で、生徒ならぬ患者たちはだいたい穏やかに過ごし、時々はトラブルを起す。
小学生レベルのケンカだが、小学生ではなくオッサンなので、殴り合いになると危険だ。
だからトラブルが起きるとすぐ看護師たちが飛んでくる。女校長ならぬ責任者の女医も。

同じ『病気』を抱える患者たち、『病気』を理解している医者や看護師たち。
その中で安行は、いや、安行と『病気』の関係は、ゆっくり少しずつ変わっていく。

入院当初、安行は朦朧とする意識のなかで、こんなうわ言をつぶやいていた。

「なんでこうなるんだろう。みんな、ごめんなさい。もう酒なんて飲みません…」

安行の『病気』は、アルコール依存症である。

公式サイト:http://www.yoisame.jp/

 

◆酒はやめられる?ゆるくリアルなアル中治療記

アル中治療の実体験が原作の本作。映画『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』は鴨志田穣さんの同名小説の映像化だ。フィクションだがアルコール依存症治療の実体験をもとにしており、主人公・塚原安行は鴨志田さん本人である。

物語は安行が10回目の吐血で病院に担ぎ込まれるところから始まる。

アルコール依存症の父を持つ安行は、自身も10代から酒を飲み始め、気づいた時には重度のアルコール依存症に陥っていた。病院で自分の体が「生きているのが不思議な状態」だと知らされた安行は、見舞いにきた元妻に、酒をやめるための治療を受けると伝えた。

当初は通院での治療を試みるも、あっさりスリップ(再飲酒)してしまい、とうとう安行はアルコール治療の閉鎖病棟に入院する。果たして筋金入りのアル中は治るのか?

重い話のはずなのに、不思議なゆるさ。

重度のアルコール依存症を患う男が家族に支えられながら治療していく… 感動系の重い映画になりそうなのに、本作は不思議なゆるさが漂うライトな作品だ。

まず、起きる事件がどれもちっちゃい。

例えば入院患者同士のケンカは「食事係ちゃんとやれよ!」とか「20円貸せよ!」と小学生レベルだし、作中で安行が医者を怒鳴りつけたのは一度だけだが、その理由は「なんで俺だけおかゆなんだよ!みんなカレーなのに!カレー食わせろよ!」というものだ。

アル中オッサンたちが感情的になるのはそういうちっちゃいことでだけだし、他の登場人物たちはいつも淡々としている。

例えば安行を見守り支える存在として母親と元妻が登場するが、2人とも安行に親身ながらどこか冷めている。落ち着いているというべきかもしれない。2人が感情的になるシーンはほとんどないし、元妻が冗談か本気か、安行に「飲みたければ飲めば?」と言うシーンすらある。

しかしそのゆるさこそ、この作品にリアリティを与えているのだ。

なぜならこの作品がスポットを当てているのは、アル中が巻き起こす悲劇やドラマではなく、アルコール依存症治療そのものだからである。
◆愛でも意志でも治せない、アル中治療のリアル

本作がスポットを当てるのはアルコール依存症治療の過程だ。

話は少しそれるが、鴨志田さんの元妻とは漫画家の西原理恵子さんだ。西原さんは家族がアルコール依存症になった経験を、漫画やエッセイで何度も取り上げている。その中でたびたび言っているのが、アルコール依存症は病気であり、医者でなければ治せない、ということだ。

本作で家族のサポートは安行の支えになっているけれど、あくまで見守りの立ち位置で、治療は医師と閉鎖病棟によるものだ。

「歯を食いしばって酒を我慢して」とか「妻の一言にハッと目が覚めて」とかのドラマチックなことは何もなく、たまに起きる事件はちっちゃいことで、登場人物はみんなゆるく淡々としていて、話はゆったり進む。おそらく現実の治療もこういう一歩一歩進むものなのではないだろうか。

物語の終わりの方で、安行は担当の女医によく見る夢の話をする。その話を聞くと、アルコール依存症治療は完治させるというより、病気との付き合い方や考え方を変えるもののように思われる。

 

◆アルコール依存症は自業自得の病気?

「治療を始めるなら覚悟をしないといけない病気」

冒頭、医者が元妻にアルコール依存症について説明をするシーンは、本作の中で特に印象的だ。

「アルコール依存症は、誰からも、本心からは同情されない病気。場合によっては医者からも。」

だから、誰からも「自業自得」と言われるのは覚悟して、治療に望まないといけない、と医者は言う。自業自得の病気、と世間からいわれてしまう理由は、おそらく2つある。

1つはもちろん、病気を引き起こしたものが「本人の不摂生」だからだ。昨年「本人に非がないのになってしまった病気」と「本人の不摂生から引き起こされた病気」は別に扱うべきなのでは、という議論があちこちで巻き起こった際に、アルコール依存症は後者の病気の例としてあげられることがあった。

もう1の理由は、患者の態度に対する不快感である。


アル中になると周囲の人がいくら酒をやめろと言っても飲み続けるし、酔っては暴力的にもなる。飲み続けるためならずるい嘘もつく。

こういうことをしてしまうのも病気だからだが、病気だから全部許せというのはハードルの高すぎることだ。どうしたって、「そもそも自業自得で病気になったんじゃないか」といいたくなる。治したいと頑張っている人も、なんとか治って欲しいと支えている家族もいる

本作の中で、閉鎖病棟からの一時外出時に脱走する患者が1人登場する。彼は患者のオッサンたちの中では特に意志の強そうな人だった。それでもスリップしてしまったのである。

置いていった荷物を取りに病院を訪れた彼の母親は、患者たちに「頑張ってきっと治してくださいね」と声をかけた。本来なら息子に気遣ってもらう年齢なのに、アル中の息子をずっと支えてきたんだろうと感じさせる。

アルコール依存症が、仮に、自業自得の病気だとしても、何とかして治したいと頑張っている人も、何とか治ってほしいと支え続けている家族もいるのだ。

 

◆まとめ

本作に盛り上がる場面や見せ場はない。テンポがいいわけでもなく、漫然というくらい物語はゆったり進む。

アル中から抜け出せない本人の苦しみとか、酒を飲んでは暴れる夫をどうしたらいいのかという妻の葛藤とかは、以前あったのだろうけど本作では描かれない。

そういう苦しみや葛藤を、これは離婚という決着によって一山こえた後の「回復」の物語なのだ。

 

『酔いがさめたら、うちに帰ろう』(2010年公開作品)

監督:東 陽一 主演:永作博美、浅野忠信

 

by かぼちゃ

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