夢見たっていいじゃない、だって映画だもん。〜表現者の扉を開けた『ラ・ラ・ランド』

“夢を見ているみたいだった。”

映画が終わって、劇場の明かりがつく瞬間そう思う自分がいました。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら帰路に向かう途中、私の頭の中は見終わった映画のことでいっぱいでした。

いつもなら映画が終われば「お昼何食べようとか「薬局行ってシャンプー買おう」とか色々考えるんだけれど、今回は見終わった映画のことで頭をいっぱいにさせていたい。ほんの少しでも他のことで気を散らせたくなかったのです。

それがデイミアン・チャゼル監督作品『ラ・ラ・ランド』

(ホラー、サメ好きの玉澤はどこに!?)

ミュージカルシーンの大半が長回しの職人気質でド畜生感あふれる監督についてとか昔の映画のオマージュとか語りたいことは数あれど、これはきっと他の映画好きの方々が解説してくれるはずので、私は主人公二人について語りたいと思います。

執筆:玉澤 千歩

 

◆あらすじ

夢を叶えたい人々が集まる街、ロサンゼルス。映画スタジオのカフェで働くミアは女優を目指していたが、何度オーディションを受けても落ちてばかり。ある日、ミアは場末の店で、あるピアニストの演奏に魅せられる。

彼の名はセブ(セバスチャン)、いつか自分の店を持ち、大好きなジャズを思う存分演奏したいと願っていた。やがて二人は恋におち、互いの夢を応援し合う。しかし、セブが店の資金作りのために入ったバンドが成功したことから、二人の心はすれ違いはじめる……。(引用:公式サイトhttp://gaga.ne.jp/lalaland/より)

 

◆夢を諦めかけた女優志望のミア

女優になるため田舎から大学を中退して映画スタジオのコーヒーショップでバイトをしているミア。

ルームシェアをしている女友達とオーディションを受けては落ちてばかりの生活を送る毎日。こんな毎日から抜け出したいともがく彼女は他の人と違う何かを持っているはずなのに、それがわからず苦しんでいます。

自分の武器がわからないというのはとてもつらいことです。そしてそれを認めることもまたつらいことです。表現者を志す人はミアの気持ちが痛いほどわかるんじゃないでしょうか。

 

◆夢を諦めることを知らないジャズピアニストのセブ

将来は自分の店を持つことを夢見て、騙されても弾きたくもない曲を演奏しても決して諦めることをしないジャズピアニストのセブ。

自信家で高慢で「何やこいつ……」と思いつつもイケメンなので許せてしまう不思議。でも誰よりも自分の理想のためなら努力を惜しまないタイプ。

おそらく、表現者の卵の人は「表現したいけど何をすればいいのかわからない」「この表現方法でうまくいくのだろうか」と悩むミアのような人が多いと思います。

そういう人が多い中でセブは純粋で自分の才能を信じることができる稀有な表現者でしょう。

 

◆お互いにないものを求め将来の選択をする二人

最悪な出会いをして再会を果たす二人ですが、いつの間にかお互いに持っていないものに惹かれあい、お互いを高め合おうとします。

表現者同士で理解できる部分があり、支え合おうとお互いを思いやる努力をしていて、見ているこっちが幸せな気持ちになるほどのバカップル。羨ましいです。ちくしょう。

ミアは自分で脚本を書いて一人芝居をする。表現の幅、武器を増やす努力をします。セブは自分の店とミアのために好きでもないバンドのキーボードを担当します。

これらのことがきっかけで彼らはすれ違うことになります。自分のしたいことができないけれど、お金のために演奏するセブのやるせなさ。

オーディションを受けては落ちて、挙句意を決して演じたひとり芝居はボロクソにけなされ立ち直れそうにないミア。表現者としてこんなにも悲しいことってあるでしょうか。

好きでやっていたことが認められないことほど表現者として悲しくて、そして悔しいものはないです。

私事ではありますが、私も芝居をしていて、自分の納得のいく作品を発表できず最低な評価をもらったことを思い出して泣いていました。

もはや監督は表現者に何か恨みでもあるのかというぐらい辛辣に、まっすぐにふたりの生き様を描いているので心打たれるのです。

 

◆スローモーションをもう一度

さて、ひとり芝居をボロクソにけなされ自信喪失したミアは田舎に帰るのですが、セブの計らいによって映画のオーディションを受けることになります。

実はひとり芝居を見に来た観客でミアの芝居を気に入ったプロデューサーがいたのです。ここも私の号泣ポイントです。

どんなことでも決して無駄になりません。綺麗事かもしれないけど、誰かが絶対見てくれている。諦めてはいけない。監督からそう語りかけられているような気がして、思わず自分を抱きしめたくなりました。なぜでしょう。

希望は死なないんですよ。マジで。

最初見ている時はふたりのラブストーリーなんだと感じますが、これは表現者の再生物語でもあるのです。

ミアは諦めず粘ること、セブは我慢して耐えることをしたおかげでお互いの夢を叶えることができるのです。そう思うと夢を持つことって悪いことじゃないよね。なんて思えてくるから不思議です。

そんな幸せな気持ちを抱えたまま、物語はラストへ向かっていきます。ラストが秀逸すぎて私は語ることができません。ていうか見ないと意味がないです。是非劇場で確かめてください。

ぶっちゃけ私自身、たくさん映画を見ているわけではなくて、本当はちょっとそれがコンプレックスに感じてるんですけど、ラストというか全体的な雰囲気として『ブルーバレンタイン』と『(500)日のサマー』を彷彿とさせられました。どっちも好き。

そんなわけで、ラスト10分は怒涛の展開なので一瞬たりとも見逃すな!

 

◆夢見る少女じゃいられない

何者かになるには、そのままの自分でいられるわけじゃない。何かを選択して何かを捨てることになるはずです。そして映画のようにうまくいくことはおそらくないでしょう。

それはきっと怖いことだと思うけれど、それでも自分にとって悪いことじゃないと思うのです。

“映画の中では夢を見たっていいじゃない。”

“魔法にかけられたっていいじゃない。だって表現することは自由だもん。”

そう優しくこの映画は語りかけてくれます。

自分のやりたいことに迷っている時、悩んでいる時に観て欲しいと思います。監督が私たちに用意した答えが見つかるはずです。

その答えを、『ラ・ラ・ランド』で是非探してみてください。

 

by 玉澤千歩

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